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他 全14点収録




ショウジョノトモという名の通り、「永遠の子供」の魂を持つアダルトチルドレンをテーマに描くアーティスト。漫画、アニメ、グラフィティー、サブカルチャー,etcを吸収し、イラストレーションを中心に、商品や番組の企画、コピーライター等(占い)などの プラニングやディレクションも行っている。近年は、海外でのショーや、展覧会も多数。また、自主ブランド『EnocDouter』を国内外で販売中。

http://www.shojonotomo.com
http://www.shojonotomo-shop.com(web shop)
http://shojonotomo.blog91.fc2.com/(blog)
http://www.fami-less.com/(animation)
スタジオ・エム・オー・ジーでは
アーティスト、ショウジョノトモの
ウォールペーパーをリリースしました。

ショウジョノトモという
アーティスト・ネームは
アダルト・チルドレンという意味を
ふくんでいるそうです。
一見、トモさんが描くアートも
少女漫画のようにも見えます。

ところが、彼女の絵には、
萌え系の絵やアイドルが持っている
幼児性の匂いが一切しません。

そこから漂ってくるのは、
人間の奥底に眠った狂気だったり、
悲しさだったり、懐疑心だったり、
自己嫌悪だったりします。
それをトモさんは
ストレートに表現します。
だから彼女の絵はどこまでも純粋で美しいのです。

果たして、この純粋性はどこからやって来ているのか?
どうして、ここまで
ショウジョノトモの作品は
ぼくらを惹きつけるのか?
どうして彼女の作品は
こうも心の内をストレートに照らしているのか?
その謎の一部が解明されたような気がします。
モリウチ 今のタッチの絵が完成するまでどれくらいの時間がかかったんですか。
ショウジョノトモ 時間かかりましたね。しかも私、美術系の学校に行ってないので、例えば、連載の話が来たときに一回目の絵と最終回の絵が随分変わっていたので、怒られましたね(笑)。
モリウチ じゃトモさんって、独学というか、仕事をこなすうちにスタイルを固めていたって感じなんですか?
ショウジョノトモ 私、デザイン系の就職ということでいえば、最初は建設省関係のデザインの会社に入ったんですよ。
モリウチ あ、そうなんですか。今からじゃ想像できませんね。
ショウジョノトモ だって社員旅行がダム見学で、流路工とか山道くねくねされながら見学して、車酔い。翌日は日光江戸村で埴輪買ってみたいな。
モリウチ 何ですか、それ。間違った人生、歩んでましたね(笑)。
ショウジョノトモ だって、初めて描いた絵がダムの絵ですから。
モリウチ わははははは。間違ってますよ。トモさんはダムの絵を描くような人じゃないでしょ、だって。もっと適任者が他にいますよ。ああいう精密な絵を描かせたら凄いっていう人が。
ショウジョノトモ 私のマンガの中にレディ・ダムっていうキャラクターがいて、ダムの底で待機していて、洪水が起こると、テトラポット・ブーメランを投げるというレスキューロボキャラクターがいるんですけど、そのダム・デビューが根底にあるのかなって。
モリウチ あ、その体験も無駄ではなかったんだ(笑)。ただじゃおきない感じがいいですね。だけど、ダムからどう展開すると今のトモさんに行き着くんですか?
ショウジョノトモ 話すと長いんですが、そこの会社に就職する前のある日、自分の上着にある名刺が入ってたんですよ。会社名が「●●デザインプロダクション」と書いてあって。当時、「デザイン」っていうだけで、もう輝いて見えたんですよ。で、その人を知らないのに勇気を出して電話したんです。そしたらその方が親切で「これも何かの縁だから、ある会社を紹介しましょう」と言われ、ある会社へ行ったんです。結局、そことは関係なく自力で建設省関係の会社に入社したんですが、その後、そのときに紹介された会社の方が、ある仮装パーティーに誘ってくれて……。そこで赤ずきんちゃんの恰好で行ったら偶然、狼がいたんですよ。で、狼の連れの人が田辺エージェンシーの人だったんです。でも当時田辺エージェンシーって何か知らなかったので、普通にご飯食べに連れて行ってもらってたんですが、その方がすごい良くしてくださって、会社を退職される時のお別れ会のケーキのデザインを私にさせてくれたり、入場者の顔にメークをさせてくれたりとか。その後、ラッキィ池田さんの衣裳の仕事をくださったり、バック・バンドのスタイリストをさせてくれたりとか。私は何者でもないのに、当時の私は、それがどんなに幸せなことかわかってなかったんですよ。
モリウチ 何だか急展開すぎて、ついて行けないんだけど(笑)。きっかけがポケットに入っていた名刺と赤ずきんちゃんのコスプレっていうのがトモさんらしいですけど。しかし、いきなりのし上がっちゃいましたね。舞い上がったんじゃないですか?
ショウジョノトモ ところが、その価値をわかってなかったんですよ。そういう偶然って、みんなに訪れているものだと思ってたんですよ。だから家はいつも留守電で出ないし、名刺をもらっても手紙を出すわけでもなく。年を経て、どんなに感謝すべきことだったか、自分からそのご縁を大切にする努力をしなきゃいけなかったのか、改心したときには、時すでに遅しという。
モリウチ それもまたトモさんらしいといえば、トモさんらしいんだけど。じゃ、仕事としては、最初は服飾がメインだったんですね。
ショウジョノトモ 普段、私は風変わりな恰好をしていることが多かったのと、何かイベントごとがあると服を自作することが多かったんですよ。だから、相手は洋服関係で仕事させることが一番イメージしやすかったと思う。でも勘違い野郎で、デザイン会社の面接に着物の反物を体にぐるぐる撒いて、テニスのラケットもって出向いたり。相当やばかったですね(笑)。だからスポンサーが一番最初についたときも、絵ではなく、立体(作品)だったんですよ。
モリウチ 立体って何を作ったんですか?
ショウジョノトモ 鉄くずを溶接してオブジェを作ったんです。
モリウチ うん? なんでそんな作品をつくろと思ったんですか?
ショウジョノトモ 最初は自分の家にある二段ベッドを絵の具で塗ったりとかして、「ストリップ・シアター」っていうオブジェを作ったんですよ。高城剛さんとかが審査員の芝浦にあったゴールドっていうクラブでアート・コンテストをやっていて、私が貧乏だからって、友だちがチラシをもってやって来て、「トモちゃん、これに出せ。出すと10万円もらえる」って。で、審査が通って10万円もらえて、それで絵の具とか買ったりして、いろいろ作るようになったんですよ。で、その作品を飾ってる最中に、白羽の矢の電話がかかってきたんです。
モリウチ また急展開ですね。
ショウジョノトモ その頃、私は建設省関係の仕事を辞めて、更に宇宙百貨のグッズ・デザイナーを経験した後だったんですが、宇宙百貨が「ART WAD’S」というギャラリーも経営していて、そのマネージメントもさせてもらってんですね。そこで武蔵美在学中の方が展覧会をされて、その方の教授のお友達が、大阪のギャラリーが「若手の作家を育てたいので誰かいい人いないか?」と探されてたそうなんです。そのとき、推薦してくださったのがきっかけで面談を受けて、アイディアスケッチとか、ダッチワイフで作った作品とかを見せたら「大阪に来なさい」といわれたんですね。
モリウチ トモさんの人生って次から次にいろんなことが起こるんだね(笑)。
ショウジョノトモ でもすごい貧乏だったから「行きたいけどお金がない」というと、「幾らあればいいんだ」っていう話になって。当時、食べかすのカステラのパッケージとか、拾ったものでオブジェを作っていたので、真剣に計算して「このくらい」と提示すると、笑いながら「それでええんか?来い、来い」って。でもすごい立派なギャラリーで「お金持ちが買ってくれるような素材で作りなさい」といわれて、溶接工場を用意してくれたり、大工の棟梁を付けてくれたり、いろいろお金がかかり始めたんです。
モリウチ 作っていくうちに、だんだん予算がかかっていくわけですね。怪しい雲行きですよね、それは。
ショウジョノトモ 私はまだ土台も出来てないから、社長に企画を見せて喜ばれると頑張って作るのが正しい事だと思い込んで、がむしゃらになっていて。でも作る物が増えれば、滞在費も材料費もかさみ出して、経営陣からは心配の種なわけで。そこの誤差でもめてしまい、結局、作品を80%おいて、東京に泣きながら戻ってきたんです。
モリウチ 何かよくあるパターンですよね。
ショウジョノトモ 無知で子供だった事もあるけど、自分の中の「やった感」とか「これでいいのか悪いのか」しか考えてなくて。
モリウチ でも、当時はそうやってアートにお金を出そうっていう方がいらっしゃったんですね。
ショウジョノトモ そうですね。そいいう人間を面白いって思ってくれてる人が、チャンスをくれたり手を差し伸べてくれて。ところが、自分は、その貴重さや、これもビジネスだとかなんて、最近気がついたちょー遅咲きなわけです。だから、今、過去お世話になった方々に総動員でお会いできたら、本当にありがとうございましたっていいたいです。
モリウチ はははははは。絵を描くきっかけって何だったんですか?
ショウジョノトモ 宇宙百貨の上のギャラリーで「ピース・カード展」というのがあって、そこに絵を出したんです。ピーナッツっていう双子の絵を描いたんですが、それを見た『CUETiE』さんが仕事をくださったんですよ。その後、当時ギャラリーに良く来てくれてたパルコの『GOMES』っていうフリーペーパーの編集部の人が絵の仕事をくれたんです。
モリウチ へー、凄いなあ。やっぱりトモさんの作品って人を惹きつけるんですよ。で、どんなイラストを描くんですか?
ショウジョノトモ 最初はイラストを描いていたんですが、途中で小説の連載をやらないかっていわれて、『ツムラ順天堂の逆襲』っていうのを書いてみたんです。
モリウチ え、小説ですか?
ショウジョノトモ これが全然、面白くなくて(笑)。これは駄目だな、と気がつき、『人造人間ミシンダー』っていうエッセイがスタートしたんです。
モリウチ 作品と名の付くもの、一通りやってますね(笑)。それはどんな内容のエッセイだったんですか?
ショウジョノトモ 毎回、自分がミシンダーっていう足踏みミシンに輪廻天性した怪人に誘拐されるトモコっていう役をやって、身の回りにあるもので、変な洋服を作るっていう内容なんですけど。
モリウチ 自分の得意分野がきちんと作品に反映されているわけですね。それは受けたんですか?
ショウジョノトモ 玄人受けはするんですけど、一般の人が付いてこれないようなぐちゃぐちゃなグラフィックとわかりにくさで。当時、パソコンとかないから、写真とか切り貼りして、その切り貼り後をクレヨンで修正して更にひどいことになってたり。
モリウチ 駄目じゃないですか(笑)。
ショウジョノトモ だけど、それを見て、今度は、変わり者のテレビ局のディレクターがやって来て。
モリウチ わらしべ長者みたいですね。凄いね。やっぱり、どんな作品をつくっても評価してくれる人が恒常的にいたわけですね。まぁぼくもその一人なんだけど(笑)。そのディレクターとはどういう作品をつくったんですか?
ショウジョノトモ テレビのアニメーションのオープニング作ってって話になって。だけど、何で私がアニメ作れるかどうかもわかんないのにふるんだろうって。
モリウチ アニメーションの作り方は知ってたんですか?
ショウジョノトモ 何も知らなかったんですよ。
モリウチ はははははは。
ショウジョノトモ 何も知らないから、絵コンテ死ぬほど描いて。結局、まわりの人が勝手に消去して、違う順番にしたりして。
モリウチ どんなアニメーションを作ったんですか?
ショウジョノトモ ダッチワイフが自我に目覚めて、新しい身体を探しに行き、最後パンストとして第二の人生を歩むという旅アニメを1分間を作成しました。
モリウチ それは面白いですね。
ショウジョノトモ それがドイツのアート・ディレクターの手に渡って。将来、P-Houseを設立する秋田さんと共に、ドイツに出品してもらったりとかしました。出会う人たちに凄く恵まれてたんですね、。多分、インターネットがなかったせいで、そういう人たちは、かたまってたんですよね。
モリウチ なるほどね。リアルなネットワークが出来ていたんですね。仮想のコミュニティじゃなくてね。
ショウジョノトモ そのテレビ局のディレクターさんのおかげで舞台美術とか舞台セット、脚本とかアニメのキャラクターとか、ずーっと現在に至るまで、いろいろ経験させていただいて、凄い感謝しています。
モリウチ それは作品が評価されているってことだからね。幸運のように思えるけども。
ショウジョノトモ いっぱいは降りてこないけど、何年かに一回は細いクモの糸がぴょろろ〜って降りてくるんです。
モリウチ 絵のスタイルはどうやって完成していくんですか?
ショウジョノトモ サイケデリックの出会い、その後ニューヨークでグラフィティに出会ったこと、あとは洋服の自主ブランドをやったことで、グラフィック処理ってことを覚えたんですよ。今までってほんと額縁が似合わなくて、絵の仕事しても、ものを言い過ぎるからという理由で?縮小されてたりとかして、凄い屈辱的だったんですけど、絵を見やすくする方法ってあるんだなってことをちょっと覚えて。それから「あなたの絵、好きです」とか「買いたいです」っていう聞いたこともないようなことをいわれるようになって。
モリウチ 凄い! とうとうショウジョノトモは、大衆との接点を見つけるんだ?
ショウジョノトモ 『relax』編集部の人に、ガイコツのグッズを作っている人を特集するから、もしガイコツのものを作ってたら持ってきてっていわれて。別にガイコツなんか全然描きたくなかったんだけど、『relax』っていう本が凄い好きだから、ガイコツを描いたら、それがプリントブームにのって売れてくれて。それで何か知らないけど、ボディピアス屋さんとかスケーター・ショップとかお取り引きが始まり、引っ込みが付かなくなって。
モリウチ 接点を見つけると、いきなり強さを発揮しますよね。このインタビューを読んでいる人で、トモさんのアーティスト人生は、行き当たりばったりのように思う人もいるかもしれないけど、それはさっきもいったように、すべて作品が呼び込んだんだからね。。
ショウジョノトモ ある意味、流されてるんですけどね。
モリウチ いやいや、そこにはやっぱり作品があるわけだから。流れには乗ってるけど、それは運だけではどうにもならないですよ。
ショウジョノトモ たしかに流されつつも、強情な藻みたいに実は川底にへばりついているみたいなところはありますね。
モリウチ そういう上昇気流に思い切り乗っかって、浮いたことばかりやって、金を稼ぐこともできたと思うんですけど、そうならなかったのはどうしてだと思います?
ショウジョノトモ 絵に自信がない、凄いコンプレックスだらけだったし、どう描いていいのかわかんないし、アクリル絵の具に水を足して柔らかくすることすらわかってないし。
モリウチ そうか。トモさんは独学でアートを作ってきたから、そういう後ろめたい部分がブレーキになってるんですね。
ショウジョノトモ だから、最初、アクリル絵の具をめちゃくちゃ厚塗りにしてたら、玄光社の編集長に「このタッチはスージー甘金さんに見てもらうといい」っていわれたりして。
モリウチ 別に厚塗りしたくてやったわけじゃないのにね。でも、出版社の人はそういうふうに思いますよね。
ショウジョノトモ やり方がわかんなくて厚塗りになっていただけで。だから、本当に実験の連続でしたね。さすがに今はもう落ち着きましたけど(笑)。
モリウチ トモさんって、小さい頃からアートには何かしらの興味はあったんですか?
ショウジョノトモ 普通のことが出来ない子だったんですよ。小学校四年の頃まで時計も読めなかったし。空想と現実がごっちゃになった感じだったんですね。母親がそういう痛い子が苦手で、委員長さんタイプの姉を可愛がっていて。でも、そんな私も絵とか文章を書いたりすると、賞をとったり褒められたりするから、それで自分はお母さんの愛情が欲しさに、そういうことをしてるだけじゃないの?って思ってたんです。
モリウチ じゃ絵が好きとかじゃなくて、生きていくために必要不可欠なものだったんだ?
ショウジョノトモ 「私、絵を描くのが大好きなの」という人に会うと、私はそうじゃないから、「そうじゃない自分は描かない方がいいんじゃない?」と罪悪感をずっと持ってたんですよ。
モリウチ トモさんは絵を描かなきゃバランスが崩れちゃうからね。トモさんにとって、もっと切実なものですからね、絵を描く行為はね。罪悪感なんか持たなくてもいいと思いますよ。でも、その切実さって凄くトモさん作風にあらわれていますよね。
ショウジョノトモ あ、そうですか? でも絵を描くのをやめて心理カウンセラーになろうとした時期もあったんですよ。
モリウチ なんだそれ? どういうことですか?
ショウジョノトモ 2000年過ぎたあたりですかね、私の洋服がヒットしたんですよ。あの頃って、洋服にプリントしているものが凄く売れて、なんか来る日も来る日もパーカーとかTシャツのPP袋をむいてたり、元もと苦手な伝票とか書いたりとかして、絵が描けなくなっちゃったんですね。
モリウチ 絵って継続して描いていないと駄目になっていく側面もありますからね。
ショウジョノトモ というかね、『私、何やってんだろう?』って。こんなことやりたいことだったの?って。ただ絵をコピーしてるだけじゃんって。
モリウチ アーティストとしては手応えないですもんね。それで煮詰まっていくんですね。
ショウジョノトモ 貧乏だから働かなきゃいけない。作品はそれとは別に作ればいいじゃないですか。「それはそれ」「これはこれ」っっていうことを、全然、わかれなくて。そんな時、母親が病気になって、心配をかけている場合ではない、今度は母親の力にならなきゃとか、ちょっと背伸びしたことを考えたら、本当に駄目になっちゃって。
モリウチ 凄くヘビィな時期だったんですね。普通は洋服当たると浮かれるんですけどね。そこはやっぱりトモさんのトモさんたる側面ですよね。その苦境を乗り越えたきっかけってあったんですか?トモさんを再び作品に向かわせたきっかけっていうか。
ショウジョノトモ 長野県に「無言館」っていう戦争で亡くなった画学生の作品を展示している美術館に行ったときに、私は五体満足なのに絵が描けないって何をやってるんだろう?って思って。「無言館」を出るときに、「私の手のひらに来ていいよ」ってちょっと思ったんですよ。「私が代わりに描くよ」って。そしたらドンって重くなって、耳鳴りが始まって。
モリウチ 凄い展開だ(笑)。
ショウジョノトモ 自分では何かが見えるわけじゃないんですけど、「もらったな」と思って。で、その関係で霊視の先生に会ったときに、「私は絵を描くことに罪悪感がある。なんで描いているのか分からない」といったら、「意味がわからないから創作をしてるんでしょ?」っていわれて。
モリウチ 霊視の先生、良いこといいましたね(笑)。
ショウジョノトモ 「あ、そうだったんだ」、「そうかあ」って思ったら、凄く楽になって。母親との関係も、前世で私が母親で、今の母は私の子供だったみたいで、私が子ども時代にお母さんにかまってあげられなかったから、お母さんが子どもみたいにわがままであなたを支配しようとしているんだっていわれたときに、「あ、全部、原因は自分が作ったんだ」って思ったら、何かまた少し楽になったんですよ。で、そこから、あまりいろいろ考えないで、自分を試すような感じで、ずっと作り続けていこうと思って。それが2004年とか5年くらいかな。
モリウチ じゃ本当の意味で作家として腹をくくれたのはこの5年くらいの話なんですね。
ショウジョノトモ だから、かなり長い間、悩んでましたよ。最初エッセイからスタートしているもんだから、自分が表に出るということが多くて、才能がないから作品じゃなくて、イロモノとして自分が出て行くんだって思ってて、それも凄い自己嫌悪だったんですよ。
モリウチ ああ、なるほどね。でも、そうやって自己嫌悪を認識しているトモさんはまともですよ。
ショウジョノトモ 本来なら、ちょっとチャンネルをかえれば、嬉しいこととか、凄く成長させることができた出来事だったんでしょうけど。それを他人に説明することも、あと学校とか行ってないから目上の方から教えを請うっていうこともなく悶々としてたんですね。自分が描くべきか否かを確かめる行為の連続で、恵まれたチャンスを生かすとか感謝とかそこまでまったく追いついてなかったです。
モリウチ もっとチャンスを活かせたかもしれないっていう思いもあるんですね。
ショウジョノトモ ロンドンもニューヨークも、Tシャツを持っていったらそのまんまお店の人が買ってくれて。ファッションショーに出ないかっていわれたラッキーもありましたね。
モリウチ それは出たんですか?
ショウジョノトモ 出なかったんです。帰りの飛行機の二日後がショーだったのと、なにより当時、太ってたので出たくないっていったんです。今考えると今より体重少ないのに(笑)。そんなチャンスってめったにないじゃないですか。だけど、めったにないってことすら分かってなくて。いい加減、もう少し要領よくなりたいんです。
モリウチ そろそろね(笑)。
ショウジョノトモ だけど、要領よくしようとしたりとか、ちょっと楽しようとしたりとかすると、だいたい罰が当たるようになっているんですよ。
モリウチ 何ですか、それ(笑)。
ショウジョノトモ 自転車の二人乗りすれば、すぐ捕まるし。
モリウチ だって、それは罰が当たったわけじゃなくて、二人乗りしているから捕まるんじゃないですか(笑)。
ショウジョノトモ 台風で駅前の不動産屋のサボテンが倒れてたから直してあげてたら、お前が倒したのかっていう目で見られたり。
モリウチ それは罰が当たるとはいわないよ(笑)。
ショウジョノトモ そんな感じでかなりへなちょこですよ。
モリウチ 今は自分の絵のスタイルも確立しているわけですよね。これからのビジョンって見えてますか?
ショウジョノトモ 人と対話することをやりたいんですよ。私、家にこもってコツコツ作品を描いて、出来ましたっていうタイプの人間ではないので。去年、「靴下の婚活」ってやったじゃないですか。
モリウチ 渋谷の東急ハンズでやったんですよね。片一方の靴下同士が結婚式をあげるっていうエキシビションでしたよね。
ショウジョノトモ 美術とかアートとか全くわかんない人も、片方がなくなった自分の靴下のパートナーを探すっていうことに、想像して笑ったり、参加してくれたりとかするんですよ。そういうARTとか美術うんちくみたいな敷居がないものが好きで、そういう対話型の創作を続けていけたらいいなあって思うんですけど。そういうことって本当にお金なくなる一方で。でも、日本って美術を売って食べていくっていう風潮がないじゃないですか。だったら、みんなが無駄と思ってやらないような馬鹿馬鹿しいことをやろうかなっていうのもあって。そうしたら、長年気がつかなかった「そのためにお金をまわして生活をしていくこともしなきゃいけない」っていうことが、逆にリアルに見えてきたんですよ。本当に何ていうんだろうなあ、一般のその辺の人たちが笑ってたりしていると、心理カウンセラーになって、くどくどその人を説得しているより……
モリウチ 全然いいですよね、「靴下の婚活」をやった方がね。
ショウジョノトモ うん。それと、周囲と自分がずれてることが怖いとか、過度に人目を気にする事が馬鹿馬鹿しいっていうふうに打ち破れるようなきっかけになれることをやってみたいなあ、と思ってますね。
モリウチ いわゆるコンセプチュアル・アートですよね。
ショウジョノトモ そういうと、何か難しいかもしれないけど。
モリウチ 具体的にはどういう活動を予定しているんですか。
ショウジョノトモ アパレルさんのウィンドウ・ディスプレーの話とか、結婚式のときの打ち掛けをリメイクしてミラノに持っていくとか、そういうお話もあるんですけど。ただ何かこう可愛いものを可愛い生地でつくるとか、そういうことはもういっぱいいろんな人がやっているし、そういうのは得意な人がやればいいと思うんですよ。それは私はやらなくていいのかなって思いますね。
モリウチ たしかにね。トモさんの場合は、アートの背景に物語がないと駄目だからね。それをコンセプチュアル・アートというのかもしれませんけど。
ショウジョノトモ 必ず物語がくっついてますね。
モリウチ それはもうレディ・ダムのときから変わっていませんから(笑)。
ショウジョノトモ それはちっちゃいときからですね。友だちの目をつぶらせてブランコに乗せて、落ち葉を切符に見立てて、それを持ってきたら、休み時間の間に、私のアドリブの作り話で違う世界に連れていくっていう「車掌さんごっこ」をやってたんですよ。だから何ら変わってないかも。
モリウチ コンセプチュアル・アートとなると、一個一個の作品が物語を作っている感じですからね。
ショウジョノトモ だから、私、CMの方が向いてるんじゃないかって思った時期もあったんですよ。
モリウチ だけど、企業の人と上手く折り合えるかどうかっていう問題はあるけど(笑)。
ショウジョノトモ

そうなんですよ!企業のイメージを壊さないようにしなきゃいけないという前提がありますしね。私はよく思うんだけど、私がアイディアを出したら、みぞおちにパンチ入れられて、気絶している間に、仕事のできる人たちが、「これ余計!これはこっちに整理!」って、やっつけてしまい、「あ、トモさん、こんな風になりましたー」っていうくらいの方がいいかもって思います。

モリウチ それは理想ですけどね。
ショウジョノトモ でも人をまとめる能力は全くないですね。
モリウチ 誰かいいプロデューサーとかマネージャーがいれば、今より遙かに効率よく物事がまわっていくかもしれませんね。
ショウジョノトモ

私を上手くだましてくれたらOKなので(笑)、意にそぐわないことも気がつかなければアリかなって思うんですよね。いや、文句つけるか? でもお互い自分が持ってない力で支え合える関係募集中です。キタレ!マネージャー。投資体質でお願いしまーす。












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